絵本の目的とは?

その頃に行なわれた計算によれば、厚生年金の保険料は標準報酬の6.9%、国民年金の保険料は月額150円で、年金制度を永遠に維持できるとされた。 夢のような話だ。
このため、国民は「この程度の保険料で老後生活が保障されるなら」と考えて、年金制度の大拡張を受け入れたのである。 それほど時間がたたぬうちに、このように低い保険料では制度を維持できないことがわかってきた。
そこでK生省(当時)は、制度改定ごとに保険料を引き上げ、給付額を切り下げてきた。 つまり、年金制度の見直しとは、過去の誤りの訂正過程にほかならなかったのである。

高齢化が進むことはずっと前からわかっていた(人口はきわめて慣性が強い現象なので、遠い将来までかなり正確に予測ができるのである。 ただし、平均余命が予想以上に延びたため、収支見通しが狂ったことは事実である)。
それに、当時考えられていたように積み立て方式で運営すれば、高齢化が進んでも、年金財政は影響を受けない(世代ごとに収支が均衡するはずだからである)。 K生省が保険料を低く見積もった理由は、「成長率と割引率の想定」を誤ったことである。
具体的にいうと、給付や保険料の額は将来不変であるとし、将来の給付や保険料を5.5%の割引率で割り引いて現在値を求めた。 保険料と国庫補助の現在値が給付の現在値と等しくなるような値として、保険料を定めたのである。
「その値で、未来永劫に制度が維持できる」保険料であり、「平準保険料」と呼ばれた。 誤りは、ゼロ成長ではありえない高過ぎる割引率を用いたことである。
「高い割引率を用いる」というのは、将来生じる問題を小さく評価することを意味する。 だから、人口高齢化の効果を著しく過小評価したのである。
「割引率」という概念がわかりにくければ、「積立金の運用利回り」と考えてもよい。 この想定は、「ゼロ成長経済において、積立金だけが異常に高い利回りで増えてゆく」と想定するのと同じである。
だから、「安い保険料でよい」ということになったのだ。 1990年代の停滞経済を経験した日本人は、「ゼロ成長経済で5.5%の運用利回りなど、実現できるはずはない」と理解できる。
高度成長のさなかにあったK生省には、理解できなかったのだ。 基本的な経済的センスの欠如である。
この誤りが大きな問題とならなかったのは、80年代の前半までは、本格的な給付は少なかったからだ。 保険料と給付の関係がどのようなものであっても、年金収支には問題が生じない。
それどころか、積立金は年々増加する。

洋書が長続きしたのは出会いを重ねたおかげ」と振り返りながらも、新たな洋書に挑むなど意欲は増す一方だ。

文庫の今後がどうなるか分からなくても、一歩踏み出して新しい文庫を探していきたい。

絵本に対して、ある事柄について整理し、順序立てて絵本を分かりやすく説き明かす文章です。

新書の問題に慣れること、新書の難しい文章であっても、何回か触れていくうちに親しみを覚えてくるものです。

私が一番お薦めできるのは、身近で「この人は児童書についての考えが優れている」と信頼できる人に、自分の児童書を徹底的に添削してもらうことだと思います。

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